【サッリ・チェルシー】軌跡の出発点。開幕前の現状課題の分析

戦術分析

17-18シーズン、セリエAで旋風を巻き起こしたナポリ。長いサッカーの歴史の中で見ても、最も美しいチームのひとつであったと言えるだろう。そんな美しいナポリを築き上げたマウリツィオ・サッリが就任したチェルシーは、18-19シーズン最も注目すべきチームだ。このチームが成功した場合は「どう機能するのか、成功要因は何だったのか」、失敗に終わった場合は「ナポリと何が違ったのか(差異=成功の重要ファクター)」を学び取ることができる故、どちらに転んだとしても注目して損はないチームである。

成功の道を辿るか、失敗の道を辿るか…。どちらにせよ、後からこのチームの軌跡を辿る際に「軌跡の出発点=現状課題」を知っておく必要がある。ということで今回はサッリ就任間もないチェルシーの現状課題について分析する。

※対象試合
vs パース・グローリー
vs インテル
vs アーセナル

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攻撃面

ベースサイドの未設定

ナポリは左サイドをベースサイドに設定しオーバーロード(人数をかける)をかけて攻撃を展開した。ベースサイドを設定することで攻撃に人数がかからないという状態が発生しないような工夫を加えていたのだ。オーバーロードが可能にしたロンドの様な細かいパス回しには溜め(次の攻撃に繋げるための時間的バッファ)を作る効果もあったため、攻撃が単調化しなかった。左は人数をかけて、右はシンプルな攻撃&バックドアでのフィニッシュ役。

一方、チェルシーはまだベースサイドが設定されていない。選手が広く散ってポジショニングしているため、当然選手同士の距離間が広くなり細かなパス回しが難しい状況となっている。レイオフ3オンラインの母数は少なくなる。攻撃におけるナポリとの最も大きな差異であり、非常に大きな影響が出そうな部分だ。

レイオフ

インテル戦
・レイオフを組み込んだ攻撃がいくつか。
・ベースサイドを設定した上でのオーバーロードは少ない
→ペアリングが難しく、レイオフ攻撃の母数にも影響

レイオフの意識は強いように見える。実際上手く決まったシーンが散見されており今後の継続的な活用が期待されるが、オーバーロードがかからない状態のため母数自体が少なくなってしまっているのが現状だ。

攻撃に関してはまだ基本軸が定まっていない印象を受けた。ショートカウンターに関しては守備の部分から未整備である。しばらくは個人の能力に依存する形になっても不思議ではない。

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守備面

サッリは守備面における約束事が非常に多く、当然だがまだまだチームに浸透しきっていない。格下のパース・グローリー戦では組織立って見えた守備も、インテルやアーセナルとの試合を通していくつもの課題が浮き彫りになっていった。

vs パース・グローリー

チェルシー、もう既にサッリの色が強く…。細かい部分はまだ着手前だけど、カバーシャドウによる限定がかなり鮮明で、リスク管理とカウンター対応も形に。ラインコントロールは特に意識的だった。ジョルジーニョはピッチ上の監督という言葉がぴったりな振る舞い。

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WGの制限の弱さ

ナポリのプレッシングにおいて初期制限のカギを握るのがWGの2人。また、制限が上手くかからなかった時にWGによる「制限のかけ直し」を頻繁に行う。分かりやすいのがスローインの時の守備だ。

※ナポリのプレッシングについてのより詳しい分析は、「絶対王者ユベントスを圧倒!今最も”美しい”ナポリの守備戦術を中心に(前編)」でまとめている。

★チームとしての狙い
逆サイドへ誘導して、逆WG・SBの待ち構える網に引っ掛ける。

★具体的な手段
-ボールサイドのWGはSBへのパスコースを切りながらCBに寄せるcurved run 。
-1トップがあとを引き継ぎ逆サイドへ誘導
-逆サイドにてWGと、前に出るSBが連動して捕える。DFラインは大きくスライド。

上手く制限がかからなかった時もこのように確実に一方のサイドを断つためにWGからプレッシングをかける。これが「制限のかけ直し」だ。そして逆サイドのWGがいつでも寄せられる高い位置をとり、SBは連動の準備をする。

チェルシー、プレスが上手くかかったシーン
・成功要因はモラタによる制限
・SBに誘導できたら圧縮
・制限はモラタに任せきりで、WGの仕事が弱い。(WGの仕事は寄せと制限)

チェルシーの現状課題①
★WGの制限の弱さ
・カバーシャドウによる制限をほとんどかけずに引いてしまう
→IHがCBに寄せても、SBが空いているため徒労に。寄せ→戻るの繰り返しで疲労が増すのみ
・アーセナルの局所的優位作りの上手さ

一方チェルシーのWGを見てみると、WGから始まるプレッシングが非常に少なく、1トップのモラタ頼みとなってしまっている。IHが寄せに出てもWGはSBへのパスコースを切っているわけでもなく、すぐに寄せられる位置に居るわけでもない。パスが出てから、遠くから寄せる。そのためサッリの特徴である能動的な守備の対極、受動的な守備となってしまい、IHのプレスも徒労に終わる。奪いどころが定まっていないのだ。

本来敵の動きに対してリアクションを起こすため守備は受動的になる。反面サッリは自分たちの動きで敵の攻撃方向を決めてしまおう!という能動的な守備。この画期的な志向こそサッリの武器であるのだが、それが全く活かされない状態となっている。

インテルのプレッシング
・SHのcurved runから制限開始
・ルイスの身体の向き(ジョルジーニョ使ったレイオフ使えず)
・バックパスに合わせてのライン押上げ
・逆サイドに誘導して仕留める。SBも参加。
→チェルシーのお株を奪う、教科書通りのプレッシング

WG(SH)始まりのプレッシングは、対戦相手のインテルにお株を奪われるシーンさえあった。

SBの迎撃

チェルシーの現状課題②
★逆SBの迎撃の甘さ
→ボールサイドのWGによるcurved runで制限、SBを交えた逆サイド迎撃が基本線となるが、アロンソはDFラインに留まり迎撃に出ない
→ジョルジーニョがファウルで無理やり潰した後、怒りを露わに
→リアクション型の守備が抜け切らず

上記WGによる制限が行われた後は「捕える」フェーズ。WGとSB、その背後をCBが連携して守る必要がある。しかし左SBアロンソが前進してこない。通常背後からのパスカット、もしくはカバーシャドウでパスコースを断ちCBが補佐にスライドするシーンだ。

1シーン目はジョルジーニョが無理やりファウルで潰してプレーを切ったが、直後、アロンソに対して腕を振り下ろして「どうして前進しないんだ!」と激昂している。

2シーン目はWGのポジショニングが曖昧だったこともあり前進していない。これはどちらかというとWGにも問題がある。

最期の潰しのフェーズでSBが前進できないとDFライン全体のスライド(特に背後をケアするCB)にも影響が出るうえ、前線のメンバーの追い込みが徒労に終わる。追い込む仕組みがあっても捕える仕組みが欠けていたら意味がない。チーム全体が一つの生き物のように機能することで消耗の少ない効果的な守備が可能となるのだ。

DFラインの高さ設定

SBの迎撃の弱さの話をしたが、問題はSBだけではない。前から制限をかけに行っているにもかかわらずDFライン全体が低い。横だけでなく縦のスライドも上手くいっておらず、ロングボールを蹴らせることに成功しても中盤との距離が離れておりセカンドボールの回収ができない。付随して、カウンターの対応が中途半端になっている。

チェルシーの現状課題③
★DFラインとMFラインの連携
・撤退のタイミング、ホルダーとの距離間の悪さ
・前線が制限したにもかかわらずロングボール回収に至らない
→SBのポジショニング、DFラインのスライド、2ラインの距離

上のシーン1ではDFラインのみかなり低い設定となっている。前に連動して捕えようとしていない。カウンターを受ける際にゾーンの意識が浸透しているのはさすがだが、初期段階でホルダーとの距離が空きすぎているため、やや曖昧な迎撃切り替えとなっている(カウンターについて詳しくは「【ロシアW杯】各国代表に学ぶ、日本人が知らないカウンター戦術の要点~前編~」で。)

2シーン目は非常に上手く制限がかかっているにもかかわらずDFラインが低く、中盤との間に穴が開く。SBとCBの連携が決まらず横にも穴が開く。前から連動するサッリのサッカーにおいて撤退&迎撃は最終手段だが、DFラインがそれに頼ってしまっている感は否めない。

被カウンター対応の比較

◾️

インテル
・人に釣られず収縮撤退
・ランナーがオフサイドポジションに出ると同時に、撤退→迎撃に移行

◾️

チェルシー
・ルイスがランナーに引きずられ、ブロックに穴を
・迎撃への切り替えが曖昧
→ガリアルディーニの攻撃参加に対応できず

そしてこのシーンでは撤退にも脆さを見せた。ミス絡みで焦ったのか、ルイスがランナーにひきずられ、ブロックに穴を空けてしまった。そのため迎撃に切り替えることも、ガリアルディーニの攻撃参加にも対応できず。最終手段もまだまだ心もとない状況だ。

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おわりに

現状課題(攻撃)

-ベースサイドの未設定
-上記によるレイオフの母数の少なさ、溜めのできない攻撃

現状課題(守備)

-WGの制限の弱さ
-SBの迎撃の甘さ
-DFラインの高さ、スライドの調整
-被カウンター時の迎撃→撤退

目立った課題はこの辺りだろう。攻撃に関しては基本軸の部分、守備に関してはほとんどのフェーズに課題が見られる。パース・グローリー戦では順調に見えた戦術の浸透度合いも、インテル・アーセナルという強力な対戦相手の元、様々な課題が浮き彫りとなった。これがチェルシーの現在地だ。攻守共に課題は多いが、チェルシーには現状を変えていくことができる名将と選手が揃っている。それでも、当然だがナポリほどの完成度に到達するにはそれなりの時間がかかるだろう。

個人的に最も気になるのがベースサイドの設定&オーバーロード。ナーゲルスマンのホッフェンハイム、トゥヘル初期のドルトムント、そしてサッリのナポリと、近年話題となったチームの多くがこれを採用している。チェルシーはどのような形をとってくるのか、非常に楽しみである。

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コメント

  1. […] チェルシーの開幕前の戦術浸透度を取り上げた記事【サッリ・チェルシー】軌跡の出発点。開幕前の現状課題の分析でサンプルのひとつとして取り上げたPSMチェルシーvsアーセナル。この試合で一際異彩を放った期待の若手・ゲンドゥージと、彼を軸にしたアーセナルの攻撃があまりに印象的だったので、期待を込めて取り上げます。 […]

  2. […] 以前、【サッリ・チェルシー】軌跡の出発点。開幕前の現状課題の分析の記事でも触れたように、18-19シーズン、サッリ・チェルシーはまだまだ発展途上ながら順調なスタートを切った。サッリ・サッカーの中心にいるのは、サッリと同じく今夏ナポリから加入したアンカーのジョルジーニョだ。 […]

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