EURO2024はいくつのもサプライズが見られた。その中でも最大級のサプライズをもたらしたのはムラト・ヤキン率いるスイス代表だ。彼らはグループステージでドイツと引き分け、決勝トーナメント1回戦ではイタリアに対して圧倒的な内容で2-0の勝利を収めた。
彼らはドイツ戦のように引いて守ることも、イタリア戦のように前からプレスをかけて守ることもできる。攻撃においては3-4-2-1をベースに、後方でCHシャカが抜群のポジショニングでパスコースの選択肢を拡大し、ビルドアップの形を変えながら前進を図る。前線では左WBアエビシェールを中心にポジションチェンジを多く用いて攻め込んでいくスタイルである。
ここではEURO2024におけるサプライズチーム、スイス代表の攻撃戦術を中心に、彼らの戦術を紐解いていく。
攻撃戦術の特徴
スイスはハンガリーの5-2-3、イタリアの4-3-3、ドイツの5-3-2など、様々な守備組織と相対することとなった。
スイスの攻撃の特徴は大きく分けて2つだ。
- CHシャカを中心とした後方ビルドアップメンバーのポジションチェンジ
- 左WBアエビシェールを中心とした前線メンバーのポジションチェンジ
ハンガリーの5-2-3守備に対して、スイスは3-2-5がベースとなる。左HVロドリゲスが外に開く、シャカが敵CF-シャドーの間に入って2CBのような形をとることで相手の前線3枚と噛み合わないように位置取りを変えていく。
CHのシャカはハンガリーの前線五角形の内部もしくはCFと右シャドーのライン上に位置する。常にボールホルダーに対して平行や斜め後ろのパスコースを供給することでパスコースの選択肢を無数に増やす。シャカに対して食いつく選手がいれば、その選手が空けたエリアから攻撃を展開していく。つまり、セーフティな位置を取るシャカにボールを預ければどこかのエリアが空き、かつ彼の高精度のパスで前進できる。
シャカは斜め後方で前向きでボールを受けると、ノープレッシャー状態になりやすかった。チャンスがあればDFライン背後を狙う。特にアジリティとドリブルで優位に立ったシャドーのエンドイェがWBの裏やWB-HV間に抜け出す動きでチャンスを作り出した。
シャカの相方フロイラーはシャカの脇や斜め前方でのサポートに加え、より高い位置やサイドでもプレーした。敵CH脇を突くように大きくサイドに広がり、時に彼が幅を取る役を担うシーンも見られた。WBのヴィドマーが内側に走りこんだ際等はフロイラーが幅を取る。
そして最大の特徴となったのが左WBのアエビシェールだ。彼はボールコントロールに長け、狭いエリアでもトラップが乱れずにシンプルにパスを捌くことができる。
彼の動きの特徴を端的に言えば、「左WBの位置から内側に絞る」となる。「絞りながら受ける」わけではなく「絞ってから受ける」ため、DFラインや逆サイドでボールを動かしている時に移動を行う。
移動先は主に敵CH間やCH脇となる。シャカとフロイラーの位置も考慮に入れ、中盤に参加するような形だ。CH2人は斜めの近距離関係を作ることも多いため、アエビシェールの参加で逆三角形を構築して相手のギャップに入り、敵中盤に対して優位を築く。
アエビシェールの移動に欠かせないのは、他の前線メンバーによる敵DFの釘付けだ。横移動はただそれだけでも受渡しが難しく、マークにつきにくい。しかし敵の中盤とDFのライン間を横移動する中で、敵がアエビシェールを潰すために迷いなく前進できるのであれば、横移動に意味はない。相手が出て来れないように最終ラインに釘付けにすることで、アエビシェールの存在は脅威を増すのだ。
また、アエビシェールの代わりにシャドーのバルガスやHVロドリゲスが幅をとりにいく。ロドリゲスはSB化することでWBを外に釣り出してアエビシェールをフリーにするサポートを行う。バルガスは敵HVが前進しにくいようハーフスペースで裏を狙って釘付けにしつつ、WBの背後にも頻繁に流れていく。全体的な配置としては4-3-3のような構成となる。
左サイドでロドリゲス、バルガス、アエビシェールが並んだオーバーロードの状態を創り上げ、アビシエールの移動で変化をつけるのも有効な攻撃手段となった。
右サイドでのポジションチェンジは移動しながら受けることが多い。これは右と左の大きな違いだ。複数の選手が背後を狙って、レーンを跨いだ斜めの動き出しを繰り返しつつポジションチェンジを行う。
スイスの1点目は右サイドでWB裏への侵入を繰り返しつつシャカに戻して中央へ展開し、中央へ移動していってフリーとなったアエビシェールのスルーパスから生まれたものとなった。
2点目はチームメイトを上手く囮に使ったものだ。ゴール前のバルガスがエンボロの背後につくことでマークの受け渡しを難しくし、そこから手前に抜け出す。続くアエビシェールもエンボロの背後まで絞ることでフリーとなり、ミドルシュートに繋げていった。
左右共に多くのポジションチェンジを用いるものの、カウンターはさほど食らわない。
- 後方の人数を確保している
- 前線メンバーの切り替えと囲い込みが早い
- セーフティな選択肢を供給するシャカを使うことで無理なパスやロストを行わない配球ができる
- フロイラーによるカウンターの芽を摘むプレッシング
が要因となっている。
イタリア戦のポジションチェンジ
次にイタリア戦での変化を見ていく。イタリアの守備は4-1-4-1だ。ほとんどの場合でCHシャカが敵のCF脇に降りることで、CFに対してCBアカンジとの優位を作った状態となる。ボール保持を落ち着かせて1列目を越えることができた場合、シャカは中盤の位置にポジションを戻していく。
そこからのスイスはスライドパズルのようにポジションを移動していく。シャカが降りることで空いたスペースはフロイラーと絞ってくるアエビシェールが入り込む。2人のうち一方は敵アンカーとIHの間に位置をとる。フロイラーがそこに入れば4-1-5のような形で、敵4バックに対して5トップで優位を得ることができる。
アエビシェールが中央に入り込む場合は、エンボロが左のハーフスペースにスライドする。左シャドーのバルガスは常にサイドに張った状態だ。エンボロがハーフスペースに移動することで空いた中央レーンには右シャドーのリーダーが入り込む。その間、アエビシェールは右シャドーの位置にポジションを移す。
1列降りるシャカと前線を囮にライン間に入り込むアエビシェールという、奥行きを活用したポジション移動を行う2人をスイッチに、ポジションを入れ替えながら攻撃を推し進めていく。フロイラーもポジションを頻繁に移動するため、最も重心を下げた4-2-4の状態から最終的にはシャカとCHの一方がポジションを上げた3-2-5へと変形してファイナルサード攻略を図る。この試合では相手を背負って楔を受けるエンボロのプレーもスイスの攻撃のポイントとなった。
1点目のシーンも多くのポジションチェンジを用いている。CFラインまで降りるシャカと前線の味方の手前に絞るアエビシェールでイタリアのIHとアンカーをスイスの右サイドに寄せると、エンボロが左ハーフスペースに移動、シャドーと入れ替わりでハーフスペースに位置していた右WBエンドイェが中央に移動、最後はエンボロの手前に駆け上がってきたフロイラーが豪快に仕留めて見せた。
イタリアは有効な打開策が見いだせないままに中央のエリアに楔を入れられ続けた。配置を乱された後、単純に元の位置に戻ろうとするため、移動中のスペースを使われてしまうシーンも見られた。トランジションが遅く、カウンターも繰り出せない苦しい展開である。さらにはスイスのプレッシングも浴びることとなった。チームとしての状態の悪さも感じざるをえなかった。
スイスはハンガリー戦同様、ロスト直後に素早いプレッシングをかけてボールの回収を行った。さらにこの試合ではセットした状態からのプレッシングも敢行し、機能させた。
エンボロと左シャドーのバルガスで2トップを、右シャドーのリーダーでアンカーを抑えてサイドにボールを誘導し、前からプレッシングをはめ込むことでイタリアから簡単にボールを取り上げることに成功した。時折ディ・ロレンツォがパス&ムーブで前線に駆け抜けてプレス回避に成功しそうなシーンを作り出してはいたものの、攻守ともに圧倒的な内容でイタリアを下すこととなった。
vsドイツ・イングランド、対応策
ドイツ戦ではアエビシェールとバルガスのポジションチェンジが、終始キミッヒとリュディガーに問題を突きつけた。
ドイツはCHアンドリッヒをCB間に落とした5-3-2で守備を行う。ギュンドアンとハフェルツが2トップとなる。対するスイスはドイツの2トップという守備陣形を考慮し、後方3枚でビルドアップを行う。
アエビシェールは守備時の立ち位置こそWBだが、攻撃時の多くはハーフスペースに絞ってIHとなる。敵中盤に近い距離を取る彼に対しHVのリュディガーは前進しにくく、キミッヒはワイドで高い位置をとるエンドイェを見なければならない。つまり、アエビシェールは浮く形となる。リュディガーが前に出れば、エンドイェが絞り込んで裏に侵入していく。
これにはキミッヒがついていかざるをえないが、リュディガーも背後を気にして引いていく。そのタイミングでアエビシェールがサイドに流れれば、彼は外でフリーになれる。さらに左HVロドリゲスも前進することでサイドで優位な状況を作り出すことが可能となる。
22分のシーンでは、CHのシャカがロドリゲスに前進を促す合図を出し、ロドリゲスもその合図の前から前進の準備を行っていた。
シャカが世界でもトップクラスの司令塔であると思わされるシーンであると同時に、チーム全体にスペースの使い方が共有されていることが分かるシーンであった。
ただしアエビシェールが絞った際、彼のサイドにパスが出ない状態であればキミッヒが1列上がって4-4-2を形成、幅よりも厚さを重視した形に切り替えることで対応を見せた。
スイスリードの試合終盤には、アエビシェールが絞るとともに右SBヴィドマーもやや低い位置でWBを釣り出し、ドイツに3バック化を強いた。1人あたりの守るべき横幅が増えたドイツDF陣に対してスイスはロングボールを送り込んでいった。他のメンバーは後方でセカンドボールを狙うため、リスクの少ない攻撃となる。
オフサイドで消された幻の追加点もこの攻撃から生まれることになった。
この試合のスイスはボール保持率30%台と低く、ブロック守備とプレッシングに費やす時間が多くなった。
序盤のスイスは5-4-1ブロックを敷き、WBのアエビシェールがSH脇まで前進してボールホルダーにプレッシャーをかけていった。その際にSHはWBの斜め後ろに入り、中央のプロテクトを欠かさない。
しかし、ヴィルツやハフェルツがWBの裏や手前に流れ始めると徐々に手に負えなくなっていった。サイドで起点を作られ、押し込まれると中央を使ってやり直し、逆サイドに振ってからの展開でピンチを迎えることが増え、徐々に引く展開へと変化していった。
ただし、ドイツがバックパスを選択した際にはラインを押し上げ、フロイラーを中心とした対人守備でボールを奪取し、ショートカウンターに持ち込むシーンがいくつ見られた。
イングランドのアエビシェール対策もドイツと似ている。アエビシェールが張っている時は右WBサカがDFラインに降りて5バックを形成。アエビシェールが絞ればサカは中盤のラインで守備を行う。
アエビシェールが内か外かを判断基準とし、アエビシェールが内であればスイスは4トップとなるため、5枚で幅を守る必要は無いという寸法だ。
一見シンプルな判断基準であるが、CHがアエビシェールに釘付けにされた状態で、スイスが先述の後方の変化を加えた場合、サカの守備判断は複雑なものとなり、ミスが生まれることもあった。
アエビシェールを交えた後方5枚で、CHが最終ラインの出入りを繰り返すことで守備陣を動かして打開するシーンは、セーフティとスペースを作りつつバランスを保つことに長けたチームであることを再認識させられた。
おわりに
スイスは後方も前線も多くのポジションチェンジを用いる。相手のプレス枚数を考慮するシャカと、中央のスペースに入り込むアエビシェールを中心に、周囲の選手は空いたスペースを次々と利用していく。
効果的にポジションを移動して攻め込むことができる点が最も特徴的であり、持ち味となっているが、ポジションチェンジを用いてもバランスを崩さず、被カウンターで苦しい展開に持ち込まれない点が、彼らの隠れた強みである。