イブラヒモビッチだけではない。ピオーリ率いるACミラン戦術分析

戦術分析

現在セリエAで首位に立っているACミラン。かつて欧州の頂点を争っていたチームはここ数年不振に喘ぎ、幾度となく監督の首を挿げ替えてきた。

しかし、2019年10月に就任したステファノ・ピオーリ体制の元、ようやくセリエAのタイトルレースに復帰できるレベルへと舞い戻った。

好調の大きな要因となっているのは7年半ぶりにクラブに復帰したエース、イブラヒモビッチにあることは間違いない。しかし今のミランの好調をその一言で表現してしまうのは勿体無い。
今回はそんな好調ミランの戦術について分析する。

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ハイライト

vsナポリ

vsインテル

vsウディネーゼ

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基本布陣

GKには抜群のシュートストップを誇るドンナルンマ。

右SBには好守に安定したパフォーマンスを見せるカラブリア。前進守備も求められるCBにはロマニョーリとケアー、左SBには果敢な攻撃参加が持ち味のテオ・エルナンデスが入る。

中盤は非常に若いメンバー構成となっている。2CHには精度の高い左脚のキックで攻撃を展開するベナセルと、強力なフィジカルと前線への攻撃参加が持ち味のケシエが配置される。

右WGにはアジリティを活かしたドリブルと背後への抜け出しを得意とするサレマーカーズ、左にカットインを得意とするレオン、トップ下に攻守の要チャルハノール。

最前線にエース・イブラヒモビッチが配される。

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チームのスタイル

ミランの攻撃はイブラヒモビッチを中心に回っていることは間違いない。圧倒的な空中戦の強さに加え、ポストプレーも巧みにこなすエースに対して敵は複数で守って対応する。それに対して2列目の選手が、イブラヒモビッチへの警戒やポストプレーで空いたスペースへと次々と侵入していく。連動するというよりもスペースを食い合うような激しい攻撃を見せる。

守備は前線から積極的にプレスをかけるスタイルだ。守備に積極的でないイブラヒモビッチにも特定の役割を与えることで機能させており、ボールを奪われた瞬間も即時奪還を目指す。中心となっているのはロジャー・シュミットの元でもプレッシング・サッカーの核を担ったチャルハノールだ。

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イブラヒモビッチを中心に据えた攻撃

イブラヒモビッチはシンプルにクロスボールを送り込むだけでも得点の期待を持てる稀有なプレイヤーである。ナポリ戦では一度ファーサイドに流れる動きでクリバリの死角へと入り込み、クロスに合わせてクリバリの前に出て得点をもぎ取った。ペナルティスポットよりも遠い位置からの強烈な一撃であった。

1試合平均の空中戦勝利数6.8回でセリエAトップ(2位以下は5.0、4.3回と続く)に立つ彼を活かす攻撃はそれだけではない。低い位置からのロングボールの収め所として機能している。

彼がロングボールを収める際、CBではなく比較的小さいCHを競り合いのターゲットとして狙うケースも多い。CHが相手であれば空中戦勝率は格段に上がる。

CB・CHどちらと競り合うにせよ、2列目の選手はイブラヒモビッチの周りに集結する。SHは背後を狙い、チャルハノールが落としを受けるような位置取りだ。逆SHも絞り、ボールサイドの裏に流れることも少なくない。確実に発生するイブラヒモビッチによる溜めの時間やスペースを複数の選手が利用できるための位置取りだ。

イブラヒモビッチはCHとの競り合いを行うように、前線に留まるだけでなく収め所として起点を作るために引いた位置でもプレーする。それゆえに2列目の選手は入れ替わるように背後を意識したプレーを行うことが重要となる。

イブラヒモビッチの動きを最もよく見ているのはチャルハノールだ。イブラヒモビッチが外に流れたら空いた中央を前進、降りて受けたら背後へ抜け出す等、連動した動きを見せる。

イブラヒモビッチのポストプレーに対して、近い距離感を維持する2列目の選手は3パターンの動きを見せる。2つは上記のロングボールで説明した通り、レイオフを止まって受けるチャルハノールの動きと、裏に抜けつつフリックを受けるSHの動きである。

これに加わるもう一つの動きが背中を回る動きだ。イブラヒモビッチの背後を回ることで瞬間的に2vs1の局面を作り出し、敵のマークを攪乱する。原理としてはドリブルアットと同じである。これは特にレオンが得意とする動きであり、イブラヒモビッチの近くに位置をとっていなければできないプレーだ。

イブラヒモビッチという圧倒的な高さと強さを誇るターゲット、ポストプレイヤーを中心に据えて形作られるミランの攻撃は以上のようなものとなっている。チームに一本芯が通ることで攻撃にまとまりと広がりができている。

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SHの働き

SHのレオン、サレマーカーズは当然、それぞれ得意なプレーを持つ。レオンはカットインドリブルを得意としており、カットインしながら中の状況を伺い、右脚で巻いたクロスボールを上げることができる。サレマーカーズはよりアジリティに優れ、狭いスペースでのボールコントロールを得意としている。内側に絞り込んでから足裏でボールをコントロールしてシュートに持ち込むことのできる器用な選手だ。

左サイドでの攻撃ではこの二つの得意技を掛け合わせた攻撃が見られる。レオンのカットインからの展開である。

ミランの攻撃配置の特徴として、最前線の選手がファーに流れるという点が挙げられる。イブラヒモビッチがファーに流れることでSBとの競り合いの実現、もしくはCBを外に引きずり出すことが可能となる。そうした時にチャルハノールやサレマーカーズが内側のスペースやチャンネルを利用するポジションをとる。こうして動きを加えた攻撃を展開できるのがミランの強みとなっている。レオンがカットインで状況を伺いつつ、3つの選択肢から判断して攻撃を展開していく。

サイドに張った状態からハーフスペースに絞ることで攻撃に動きをつけるプレーも見せる。カラブリアやテオといったSBがワイドでボールを受けた際、SHはハーフスペースに絞ってボールを受ける。素早くリターンを返すとすかさずサイドに開き直してボールを受ける。この一連の動きに誰もリアクションをしないはずがなく、サレマーカーズの外で受けなおす動きに釣られれば、中央で連動するイブラヒモビッチやチャルハノールへのパスコースが開けて3オンラインの完成。釣られなければサレマーカーズにボールが渡る。

このように外と内の効果的な出入りがミランの攻撃を支えている。ブロックを動かすリターンパスができるのはチームの、そしてミランSBの強みである。

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SBの働き

レギュラーのカラブリアとテオのSBコンビは欧州でも屈指の実力派だ。右のカラブリアは非常にバランスのとれたSBに成長している。効率的な攻撃参加に加え、パスを出す前の溜めを調整することによるタイミングの取り方と精度が抜群だ。右サイドでは彼から一発の楔でゴールを脅かす攻撃が展開されることも少なくない。そして目覚ましいのは守備面の成長だ。1vs1の守備、カウンター対応では落ち着いて敵の攻撃の選択肢を狭めるプレーを見せ、1試合平均タックル成功数4.3回は2位以下を突き放してセリエAトップの数字となっている。

対して左のテオ・エルナンデスは、より攻撃の局面で存在感を見せている。彼のランニングは攻撃に厚みを加える武器となっている。特徴的なのは敵を押し込んだ時のポジショニングだ。

基本的に押し込んだ状態である時はハーフスペースに位置を取り、カウンターの対策と共にCHとのパス交換に参加する。ワイドに位置するケースはほとんどないと言ってよいだろう。レオンがワイドでボールを受けた際などにはチャンネルに前進して攻撃に厚みを加える。一時期のバンジャマン・メンディのような役割だ。後方には十分に枚数が揃っているため、効果的な良い攻撃参加であると言える。184cmと上背もあるため、逆サイドにボールがある場合でもチャンスと見るや前線に顔を出す。攻撃に意外性とイレギュラーを加えるのに一役買っているのである。

低い位置でのビルドアップ時には必ずワイドに位置する。この時、チャルハノールが降りてレオンがワイドに張ることでハーフスペースが空くことがあれば迷わず斜めにドリブルを行うことができるのがテオの持ち味である。ミランは後方の枚数の確保ができており、チャルハノールの降りる動き等に対して、「チャンスを迎えられそうな別の選手が前進する」意識が高いため、色の違う様々な攻撃を繰り出すことができる。これはテオだけでなくカラブリアも同様であり、さらにはCHにもその動きが見て取れる。

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CHの働き

CHはベナセルとケシエがコンビを組む。ベナセルは基本的に低い位置でビルドアップを行う。精度の高い左脚で長短織り交ぜた配球が可能であり、サイドに流れる等ポジションを移動して敵の守備のポイントをずらす動きをこなすこともできる。
ケシエは強力なフィジカルを活かした守備が最大の強みだ。中盤で敵の攻撃の芽を摘む彼の働きはミランの安定したパフォーマンスの支えとなっている。また、チャンスと見るや前線に駆け上がりゴールを脅かすことのできるプレイヤーでもある。上記のテオ・エルナンデス同様、攻撃に厚みを加えるのに一役買っている。中盤でカウンター対応を行う中で状況に応じて攻撃参加を行うだけでなく、チャルハノールが攻撃を組み立てている際には代わりに前線に顔を出すことができる。12節を終えた時点でのチーム内得点ランキングでは、ケシエは4得点でイブラヒモビッチに次ぐ2位となっている(イブラヒモビッチが10得点、3位は3得点のテオ・エルナンデス)。

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守備戦術

ミランの守備はプレッシングが主体となっている。ボールを失った瞬間には前述のカウンター対策要員が時間を稼ぎつつパスコースを絞り、前線の選手がプレスバックしてショートカウンターを狙う。

敵が低い位置からボールを組み立てる場合は4-2-3-1のままプレッシングを行う。イブラヒモビッチは特定のCBに張り付く形をとることが多い。これだけでもビルドアップには制限がかかる。マークについたCB側へのサイドチェンジが難しくなるため、限定の一助となるのだ。これが守備に積極的でないイブラヒモビッチを擁しながらもプレッシングを機能させているカラクリだ。
SHはカバーシャドウでSBを消す守備方法をとるが、その他の選手は特定の選手をマンマーク気味に潰す形となる。2トップにせずトップ下を設けているのも特徴だ。プレッシング・サッカーの申し子ともいえるチャルハノールがこの位置に入ることで効果的にアンカーを消しながらボールホルダーに寄せることができる。そしてこれがプレスのスイッチとなる。
3バック等マッチアップを外される場合はゾーンで守る選手を増やし、近くの選手を潰していく。
最終ラインのケアーとロマニョーリは、個別に動かずに連携をとってボール奪取やシュートブロックに入ることで、プレッシングを外された時の最終防護壁として機能している。
プレッシングはミランの大きな特徴であるが、この中心はイブラヒモビッチではない。イブラヒモビッチを擁しながらもこの戦術を機能させているピオーリの手腕とチーム全体の守備能力がなせる機能美となっている。

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弱点

ミランの守備の弱点は2CHの脇、そしてSHとSBの連携だ。2列目のプレスラインを越えられた場合、SBとSHの間には距離があるため、CHの脇にスペースができてしまう。ここを利用されるのがミランにとって最も怖いシチュエーションだ。守備能力の高いケシエやベナセルがあわよくばボール奪取を狙いつつ時間を稼ぎ、SHの帰陣を待つ。しかし、引いた状態でのSBとSHの連携は改善の余地がある。2列目のプレスラインでの攻防がミランの試合を左右するポイントのひとつになるだろう。

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おわりに

ピオーリ率いるACミランはイブラヒモビッチが中心となっている。しかし、イブラヒモビッチだけでは決してセリエA首位に立つことはできない。イブラヒモビッチを核に攻撃戦術を作り上げたピオーリの手腕、周囲の選手の能力の相乗効果の上に彼らの攻撃は成り立っている。
大きな特徴であるプレッシングにおけるイブラヒモビッチの役割は最低限のものであり、チーム全体のハードワークの上に成り立っている。
不振に苦しんできたACミランがチーム全体で作り上げてきたサッカーは、セリエAを制覇するのに十分な機能性を持っている。消耗の激しいサッカーであるため、終盤までこの調子が続くか不透明であるが、この状態が続くのであれば絶対王者・ユベントスの牙城を崩すことも不可能ではない。

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