マンチェスター・シティとレヴァークーゼン〜パス選択の原則と思考〜

戦術分析

サッカー界の名将ペップ・グアルディオラ。マンチェスター・シティでの彼は3-2-5とその亜種、3-1-3-3、4-4-2等いろいろなシステムを用いて攻撃を仕掛けています。
では、彼らと同じ配置を用いれば彼らのようなパス回しができるのかというと決してそんなことはありません。同じシステムを用いても低迷している、点が取れないチームが山ほど存在しているのがその証拠です。

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ブンデス連続無敗記録を更新したシャビ・アロンソ率いるレヴァークーゼンの選手たちはマンチェスター・シティの選手達ほどの技術は持ち合わせていません。それでも彼らは流れるようにパスを回し、ゴールに迫ることができます。
もっと言えば今季のダークホースであるシュツットガルトやジローナもパス回しに秀でています。しかし逆に、彼らより技量があってもパスを回せないチームもたくさんあります。
ではその理由はなんでしょうか?


それはパス回しにおける考え方、パスコースをいかに選択しているかという点に差異があるからです。
これはシステム・配置以前の、もっと根本となるパス回しの考え方の話になります。
選手の配置は重要です。配置次第でパス回しも行いやすくなります。でなければアロンソやペップがシステムを変えることはありません。
しかしそれよりも重要なのが、どこにパスを出すのかという考え方です。ここが狂えば、いくら良い立ち位置をとっていても意味がなくなります。逆に、このパス回しの考え方が共通認識として浸透すれば、どこにポジションを取るべきかを考えることができ、自然とポジショニングも良くなっていきます。
ではレヴァークーゼンやシティはいかにパスを回しているのでしょうか?

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パスを回す目的と「前進」の定義

まずは、彼らがパスを回す目的をはっきりさせましょう。彼らがパスを回す目的はゴールに向かってボールを前進させ、点をとるためです。
ではサッカーにおける前進とは何か?
サッカーにおける前進とは「相手の守備陣形の複数の列を越えること」です。相手はゴールを守るためにピッチ上に守備陣形を敷きます。この守備陣形を越えていくことがサッカーにおける前進です。

守備陣形の列は1つだけではありません。必ず複数の列が用意されており、複数の列を越えなければゴールにたどり着くことはできません。
つまり、相手の守備陣形に引っかかりながらボールを無理やり、物理的な意味のみでの「前進」をさせるだけでは、本来の目的を果たすことはできません。守備の列は複数あるため、一つ目の列を無理やり越えても、二つ目の列で引っかかります。最後には手を使えるGKが守るゴールにシュートを放つ必要があります。
前進は「複数」の列を越えていくことが想定されている必要があり、ボールを単に前に運ぶだけの行為は本来の目的を見失っているといえます。複数の列を越えることが想定されていないまま1列目を通過するのは、前進とは言えません。1列目を越える段階で窮屈であってはなりません。

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「攻め急ぐ」とはどういう状態?

シティやレヴァークーゼンのパス回しを見ると、非常にゆったりしていると感じるでしょう。ゆったりしているけれど確実に、より安全に列を越えていく。
そんな彼らは絶対に攻め急ぎません。攻め急いだら、彼らのサッカーは絶対に実現できません。
では、「攻め急ぐ」とは何か?攻め急ぐとは、「先の選択肢が少なく、成功難度が高い状態のまま前進すること」を指します。つまり上記のように、複数の列を越えることを想定せずにただ単にボールをゴール方向に運ぶだけの行為です。これでは1列目を越えられても2列目を越えられず、得点を奪うことはできません。サッカーには必ず「相手」が複数いて、妨害をするからです。
相手の妨害に対して成功確率が低いにも関わらず前進する。そういった判断をシティやレヴァークーゼンの選手達はしません。

安全かつ相手の守備陣にギャップを作るようなパスと、勝負のパス。シティやレヴァークーゼンは前者のパスが圧倒的に多くなっています。そのため、ゆったりしていると感じます。前者のパスで「前進しやすい環境を作り」、少ない勝負のパスで前進する。攻め急ぐチームはこのパスの比率が逆転しています。
ほとんどのパスが一か八かの勝負の縦パス、スルーパス。そうなると攻撃にメリハリが無くなり、2列目・3列目を越えることが想定されていない攻め急ぎ状態となります。
選択肢とスペースが無いため、狭いエリアを運とスピード・ドリブル等の個人技術だけで打開する必要があり、前進のために求められるプレースピードがグングンとあがっていきます。するとさらに選択肢は狭まり、プレー難易度があがり、ミスに繋がります。
力ずくで攻撃しても効果的なものにはなりません。着実に前進の準備を進め、整ったところで勝負を仕掛ける。そうした攻撃を志向して結果を出しているのがシティやレヴァークーゼン。まさにイソップ寓話「北風と太陽」の教訓そのままです。どんな時も力ずくで、全力投球で前に向かって勝負すれば良いというわけではありません。

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選択肢を保って前進する

相手の守備陣形の列を越えるため、彼らは選択肢を豊富に保った状態でいることを好みます。選択肢が少ないと、相手は進行方向にDFを差し向けて妨害します。当然、列を越える難易度は上がり、成功確率は下がります。
選択肢を豊富に持つことで、相手はどこを妨害すれば良いのか分からなくなります。そうすることで相手の妨害を弱め、手薄なエリアを利用し、列を越える難易度を下げることができます。
つまり、前進するためには選択肢を豊富に保っている状態が望ましいと言えます。そのため、選択肢が豊富な受け手にパスを出します。
どの程度の成功確率を許容するかは、チーム・監督によって志向が分かれる部分です。例えば、素早く前進することを志向するのであれば、成功確率が20%の選択肢であってもそれを選び、ボールを前に進めていくでしょう。
レヴァークーゼンやシティの場合、前線の選手のプレー成功率が80%等、相当高くないとそのプレーを選択しないでしょう。そこまで高い確率になるまで、彼らは選択肢を豊富に保った状態で、バックパスや横パスを用いてボールを動かし、前進の機会をうかがいます。
では、選択肢を豊富に保てている状態とはどういった状態でしょうか?
まず、相手のプレッシャーを強く受けていない状態が望ましいです。プレッシャーが無ければプレーを制限されることなく、自由にプレーすることができます。また相手のゴール方向を向くことができると、前進の筋道を確保できます。
相手のプレッシャーを受けないためには、相手のプレスの矢印を把握し、逆をとる選択肢をとることが望ましいです。
人間は進行方向の逆側に素早く動くことはできません。そのため、プレスの矢印の逆側にボールを運ぶと、相手のプレスは止まります。またボールを保持した際に相手と正対することで、相手のプレスの矢印を自分に向けさせることができます。そうすると、左右へのパスが出しやすくなります。相手が動かずに待ち構えた場合は、矢印を消す(足をとめる)ことに成功したと言えます。相手は止まった状態から動き出す必要があり、後手に回ります。
相手のプレスの逆をとるためには前へのパスだけでなく、横パスとバックパスも必要不可欠です。

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事例1(レヴァークーゼン)

例えばこのブンデス首位攻防戦、バイエルンvsレヴァークーゼンの一幕です。ハーフスペースに位置するボールホルダーのウパメカノは、空いているスペースから前進を図ります。当然相手はプレスをかけてきます。
ここでウパメカノはどこにパスを出すか?彼は右WBにボールを預けました。右WBはマークにつかれており、レヴァークーゼンは全体がそちらの方向に矢印を向けてスライドしています。ここからでは攻撃の選択肢が限られ、前進の難易度も高くなります。


シャビ・アロンソのレヴァークーゼンが攻撃の立場であれば、右WBに渡る選択肢の限られた状態となる前に、先の選択肢を確保した状態を作り上げることを目指します。この場合はCHへのパスです。CHに預けることで確実に相手の2列目を越えることができ、さらには相手の中盤の隙間への楔から次の列を越えていくこともできます。

ボールホルダーが相手と正対すること、敵のプレスの矢印に逆らう方向にパスを出すことで、相手に方向転換を強いて足を止めさせ、プレスを回避(無力化)します。あえて前方に運ぶことで敵のプレスの矢印をサイドに向けさせてから中央のCHに預けるプレーも頻繁に見られます。CHはそのパスを受けられるようポジションを修正します。シティやレヴァークーゼンと相対するチームが自陣で待ち構えて守備を行うのは、彼らのパス回しによってプレスの矢印か消されてしまうという要因も存在しているのです。

この試合では彼らのパス回しの原則を象徴するようなシーンも見られました。左ハーフスペースで受けるテッラに対して、ヒンカピエは5m内側のヴィルツを指差し、ターは後ろでパスを要求しました。これに反してテッラは単騎で加速しサイドに抜け出しクロスに持ち込みます。しかし、このクロスに対して中で合わせようとする味方は皆無でした。それどころか、全員歩いて攻撃を終えています。その後ヴィルツはテッラに向かって「落ち着け」のジェスチャーを見せました。
加速すればプレーの正確性が損なわれ、選択肢も狭まる。単騎でサイドの袋小路に突き進めばなおさらです。アロンソ・レヴァークーゼンは、選択肢を確保しながら全体で前進して攻撃を行います。テッラはこのチームの攻撃の原則に反したプレーを見せたため、味方はついていきませんでした。この部分の徹底が、彼らの強さに繋がっています。

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事例2(マンチェスター・シティ)

次にこのシーン。シティが敵の5-2-3の1列目を得意の形で越えたシーンです。先のレヴァークーゼンの例で、CHがボールを受けた後のイメージです。ロドリへのプレスも弱く、なんでもできる状況です。この後のロドリは5つの選択肢のうちどのようにボールを動かすでしょうか?
まず①はパスが通ればゴールに直結しますが、DFがいるため成功確率が低いです。DFのプレスの矢印がよほど前に伸びている時、もしくは完全にフリーである時以外ここは使いません。チーム全体が間延びしてしまい、セカンドボールも拾いにくく、プレスもかけにくいため、リカバリーもできません。1列目を越えた良い状態であるのに50%の確率でボールを失うような選択をシティはとりません。相手に不利な状態で晒し続けることを優先します。そうするとことで、パスコース創出の可能性が高まります。①を使うのは縦に速い攻撃を志向するチームか、縦に急いでしまうチームです。
②はフリーですが、スライドが間に合う上、サイドであるためその先の攻撃の選択肢が少ないです。複数の列を越えることが考慮されているとも言えません。ここを使うのはボール保持を志向するけれど自ら選択肢を狭めて停滞するチームです。
③はありえる選択肢ですが、この状況では敵WBやシャドーにカットされる可能性もあるため、他に良い選択肢があればそちらを選択するでしょう。
さて、④です。④はただの横パスで、ゴールに迫るには物足りないと感じる人がいるかもしれません。しかし、シティはここを選択します。
④へのパスは敵の配置的にパスカットのリスクが低く、ミスも起きにくいです。受け手は前方が空いているうえ、②や③と比べて中央でボールを保持できるため、様々な選択をすることができます。シティの右サイドは受け手を合わせると数的優位であり、パスを出しやすいです。ドリブルで敵の中盤(2列目)のラインを越えることもできます。相手の中盤が猛スライドを見せれば、ロドリにリターンを返して矢印の逆を取り、中盤の隙前に楔を打ち込むことも容易いです。
このように、①~③の方がゴールとの物理的な距離やボールの飛距離的には前進していますが、「先の選択肢を保った状態で」、「2列目、3列目を越えることも見越して」という意味では④がシティの目指す前進ルートになります。チームの志向によるので、正解・不正解ではありません。
ロドリ自体もフリーであるため⑤の運ぶドリブルで前進もしくは敵を引き付けるプレーもありですが、この状況では、すでにより良い位置でチャンスを迎えられる味方(④)がいます。そうであれば、特に自らボールを運ぶ必要は無く、④の味方にパスを出します。
運んで敵を引き付けても、敵のシャドーが戻る等で陣形を整理されては、意味がありません。自分がフリーであっても、味方がよりよい位置に居るのであれば運ばずにパスを出す。敵の列を越えていくためによりよい選択を行います。

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相手を広げる

前進の成功確率を上げるには、相手の守備を広げる必要があります。相手のブロック(列)の密度が濃ければ、相手の妨害が強くなり前進できません。相手の守備を広げることでスペースを作り、そのスペースを利用して前進をしていきます。そのために、相手を広げるためのパスを回す必要があります。
シティやレヴァークーゼンは、より選択肢を豊富に持てる中央でボールを保持することを志向しています。この中央のエリアを利用して前進するために相手を広げ、相手が中央を警戒して収縮すれば外を狙います。相手が外に出てくれば再度中から、中央の警戒を解かなければそのまま外から攻撃を仕掛けます。
最終目標はゴールであり、そのためにボールを前進させます。その前進のために、相手を広げます。左右だけでなく、縦方向にも広げることで前進のルートが出来上がります。
相手を広げ、選択肢を保った状態でいること。より成功確率の高い安全な状態で前進を図ること。そういったプレー選択ができるのが、シティやレヴァークーゼンの攻撃に表れています。狭いスペースを無理に攻略できるから強いのではありません。上記のようなプレー選択ができるから強いのです。
横パスやバックパスは直接得点に繋がらなくても、ロストの回避=攻撃機会の維持・創出に繋がります。

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まとめ

  • 複数の列を越えることを想定する
  • 選択肢を豊富に保ったまま列を越える
  • 選択肢が豊富な中央のエリアを利用する
  • 相手のプレスの矢印に逆らい、相手の足を止める
  • より成功確率の高い安全な状態を作り出してから列を越える

これらが彼らのパス回しの原則です。これらはシティやレヴァークーゼンの特徴ではありますが、ボールを保持し、パスを回してゴールに迫るチームにとっては必要となる要素です。ロールモデルと言えるでしょう。

彼らの中にはさらにたくさんの原則が存在します。随時追加・更新していこうと思います。

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