プレミア随一の流動性。モイーズ率いるウェストハム・ユナイテッド戦術分析

戦術分析

20-21シーズンのプレミア・リーグにてアーセナルやトッテナム・ホットスパー、エバートンを抑えて6位でフィニッシュしたウエストハム・ユナイテッド。4位チェルシーとの勝ち点差はわずかに2ポイント、惜しくもCL出場は逃したが終始安定したパフォーマンスを披露し見事にEL出場権を勝ち取って見せた。

そんなウエストハムを指揮するのがデイビット・モイーズだ。かつてマンチェスター・ユナイテッドを率いた際はひたすらクロスボールを送り込む戦術が機能せずに非難の的となったが、現在はまるで別人のように魅力的なサッカーを展開している。

ではユナイテッドで非難を浴びたモイーズが6位に導いたウエストハムはどんなサッカーを披露しているのか。その戦術を紐解いていく。

スポンサーリンク

基本布陣

CBには高いフィジカル能力を活かしたボール奪取に長けるディオプと、カバーリング能力の高いドーソン。SBは右にスタミナとスピードに長け一定以上にクロス精度を持つツォウファル。左に偽 SBやHVとしての役割もこなせてキック精度も高いクレスウェル。

CHには空中戦に無類の強さを誇るソウチェク、ビルドアップと守備能力を中心に万能タイプのライス。

右SHにスピードを活かした抜け出しに長けるボーウェン、左にパスワークと柔らかいボールコントロールを持つフォルナルス、もしくはチーム随一のテクニシャンであるベンラーマ。

トップ下にはシュートとトラップ技術を駆使して得点を重ね、リンクの役割も果たすリンガード。トップには強靭なフィジカルとサイドでの顔出しでボールを収め、得点も奪えるアントニオが入る。

スポンサーリンク

4-2-3-1での守備

守備は基本的に4-2-3-1。3バックの相手に対してはクレスウェルをHVに移動させた5バックを採用することも少なくない。

彼等はセンターサークルの先かさらに前からプレスを開始する。プレス自体にスピード感は無く、狙い所を絞るためのプレッシングを行い、後方のブロック部隊が回収する形だ。 

彼等の4-2-3-1の守備ブロックの特徴は「段差」だ。1列目、2列目と守備ラインを越えられても波状にプレスバックをかけられるという強みがある。この強みを生かして設定されたボールの奪い所がCHの脇、SHとSBの間のスペースだ。

このスペースに入った瞬間に出足の良いツォウファルやクレスウェルといったSBが状況に応じてボール奪取を試み、守備能力の高いライスやソウチェクもプレスに参加、SHはプレスバックを敢行し、圧縮して奪取する。段差陣形によるプレスバックはバックパスに加えてレイオフパスの選択肢を削ぐこともできるため、敵にやり直しを許さないという成果も表れていた。

この時、CHもプレスバック気味に斜め背後からプレッシャーをかける。そうすることでより一層敵のバックパスの選択肢を削ぐことが可能となった。

このエリアにボールが出てからSBやCHが圧縮をかけることとなるが、それに際してDFラインに絶対的に求められるのがディレイの能力となる。

このエリアは奪い所となってはいるが、素早い展開でDFラインの隙間を通す攻撃を繰り出されれば致命傷になりかねない危険なエリアでもある。つまりこのエリアにボールが入ってからプレスがかかるまでDFラインは時間を稼ぎつつ、決して背後を突かれないように意識しなければならない。

このディレイの能力が非常に高かったのがウエストハムの守備の肝であった。DFラインが徐々に中央に集結し、隙間を突かれないよう統率された動きを見せた。特にボール奪取能力に長けた左CBディオプの良さを活かすために器用にカバーリングをこなしたドーソンの働きには目を見張るものがあった。

この「段差」を作っての守備方法は、カウンターへの移行においても効果を発揮する。

常パス交換を行う際は三角形を作ってパスコースを確保することがセオリーとなる。「段差」を作ることで、ボールを奪った瞬間から三角形を作りやすくなっているのだ。やり直しをされにくい構造のため、逆SHは自分のサイドへの展開を心配する必要も薄れるため、カウンターに備えて高い位置を取ることもできる。

スポンサーリンク

攻撃

ウエストハムの攻撃はまさに流動的と呼ぶにふさわしいものとなっている。CHがゴール前に顔を出したかと思えば、SBが前進してハーフスペースに入ることもある。

決まり事となっているのは「後方でビルドアップを行う人数は被カウンターに備える意味でも最低4枚」といったくらいだろう。ビルドアップと被カウンター警戒、それを意識した前後の人数調整。これを根底に前線が味方のアクションに合わせた動きを行うことのできる点がウエストハムの特徴だ。後方に人数が残っているのであればCHでもSBでも積極的に前進する。この前提があればいかようにも陣形を変えられるのだ。

ビルドアップのベースは2CB+2CHとなる。ライスが時折DFラインに降りることで3バック化し、形を変えながら前線のメンバーが顔を出すスペースを提供する。このビルドアップにおいてポイントとなるのがSBの挙動だ。左のクレスウェルは今季8アシスト、右のツォウファルは7アシストと、チーム内アシストランキングのトップをSBが占めている。両者とも正確なクロスを上げられるのが共通点だが、特徴は異なる。

左のクレスウェルはより器用で細かなパス回しに関与できるタイプであるため、偽SBのように絞ってプレーすることが可能だ。敵の守り方、左SHの位置取りによってはCHの脇まで絞る、もしくはさらにポジションを上げてボールを受けることもできる。

対して右のツォウファルはそれほど器用ではないが、競り合いの強さと長い距離を走るスタミナ、スプリント力に長けており、カウンター局面で前線の選手のサポートを行うこともできる。

そんな彼らの共通点はクロス精度の高さに加えて、ビルドアップ時のある動きにある。それは高めの位置から降りてくる動きだ。

サイドチェンジで隣り合うCBにボールが入るタイミングで、敵の中盤ラインに位置した状態から降りる動きをみせる。この動きに対してプレスをはめようと敵のSHがついてくれば、味方SHもしくはトップ下が連動してハーフスペースに移動してボールを受ける。このパスコースを作り出すデコイの役割を果たすのだ。

仮に敵がついて来ない場合、第一に考えるのが敵DFライン背後へのパスだ。この選択肢を作り出せる理由は前線の選手のポジショニングにある。基本的にボーウェンやフォルナルスはサイドに張り付くことをせず、ハーフスペースに位置することが多い。この位置に入った場合、敵のSBが絞って対応するケースが増える。そうなった際にSBの背後にアントニオやリンガードといった中央の選手が入り込むスペースができるのだ。

リンガードはプレーエリアが広く、CHの脇やサイド、ライン間の狭いスペースでもプレーすることが可能であり、攻撃にイレギュラーを生み出すことでスペースの創出とボールの前進を助けた。レンタル元のユナイテッドにおけるフェルナンデスに近い役割を果たしたともいえる。

アントニオはフィジカルを活かしたボールキープに長けた選手で、チーム全体の重心が低い中でも前線で溜めを作り、スピードある味方とのカウンターの起点となった。遅攻においてもそのキープ力は活かされ、味方の動き出す時間を作る役割とゴールゲッターという重要な役割を担った。

SHがサイドに開いた際は逆にハーフスペースが空くため、中央の選手がそこに入る。最低2人の選手が連動できる距離感を保っているのがウエストハムの前線のポジショニングの前提となる。ボールサイドに人数が集中することも少なくない。

ボーウェンはより背後への意識が高い。ボールのある左サイドにFWが流れた場合、代わりに1トップのような位置取りをする。この位置からCBとSBマークの受渡しを乱すダイアゴナルランで背後に抜け出す技術は一級品である。

こういった背後を狙うボールを使う際、CHの位置取りも重要となる。SBが降りることがロングボールの契機となるが、原則からいくとSBが降りた分後ろの枚数が増えるためCHはポジションを上げることができるのだ。この時のCHはビルドアップという役割から中央のエリアでセカンドボールの回収を行うというタスクに切り替わる。ライスやソウチェクは中盤での守備もそつなくこなすことができる。ポジションチェンジ、枚数増減、タスクの切り替え、前線のポジショニングが上手くマッチしていることがこのチームの最も面白い部分であり、強みとなった。

CHのライスとソウチェクはどちらも攻守万能型であるが、ライスはよりビルドアップの局面で力を発揮した。対してソウチェクは肉弾戦に強いタイプで、中盤でのボール回収に加えて武器となったのがその高さだ。192cmの長身プレイヤーは1試合平均の空中戦勝利数6回で今季プレミア2位の数字を記録。ゴール数も1トップのアントニオに並んで10ゴールとチームトップとなった。彼は流れの中からもその高さを活かして得点を重ねることができたが、それを可能としたのが、前後のバランスをチーム全体でとることによりソウチェクの前進を可能とした戦術的機能性であった。

スポンサーリンク

おわりに

守備おいては明確な奪い所を設定し、CHの守備能力とDFラインのディレイの能力を活かしてボールを回収。攻撃においては最低限の約束事を設けたうえで非常に流動性の高いポジションチェンジを見せた。リンガードやフォルナルス、ベンラーマといったテクニックに優れたアタッカーに、アントニオやツォウファル、ソウチェクといったフィジカル能力の高い選手が高いレベルで融合した選手起用も見事であった。

ビッグ6以外にもこれだけの選手を揃え、機能性の高いチームが存在するプレミアはまさに魔境だ。ウエストハムは縛りが少ないため一人一人の特徴が色濃く出るが、反面選手起用によっては大きく機能性が変わるというギャンブル的要素もはらんでいる。そういった意味ではリンガードの抜ける穴を誰がどんな色で埋めるのか注目だ。

来季ELの舞台でのハイパフォーマンスを期待したい。

↓戦術本第2弾、出版しました!!!↓

戦術分析
SNSで記事をシェアする
とんとんをフォローする
サッカー戦術分析ブログ〜鳥の眼〜
タイトルとURLをコピーしました