生まれ変わった攻撃戦術 – シメオネ率いるアトレティコ・マドリード戦術分析

戦術分析

8試合18得点2失点。今季のアトレティコ・マドリードは堅固な守備組織はそのまま、リーガ制覇に向けて攻撃面で大きな改善が見られる。

今季はバルセロナが思うように勝ち点を積むことができず、レアル・マドリードも時折低調なパフォーマンスを見せている。そんな中で攻撃面のテコ入れを行い、取りこぼしを減らしていけばアトレティコのリーガ制覇の可能性は十分に考えられる。

今回はそんなアトレティコの変化と攻撃戦術について分析する。

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基本布陣

守備時は4-4-2、攻撃時は3-1-5-1に変化する。

GKには絶対的な守護神、オブラク。CBにはパス出しもこなすサビッチとハイレベルな守備能力を誇るヒメネス。右SBにはキック精度が高く幅を取るという重要な役割を担うトリッピアー、左にロディ。

中盤はコケ、サウール、エレーラ、トレイラ、コンドグビア等、豪華なメンバーが名を連ねる。豊富な運動量で堅固な守備を支えることのできる選手達だ。多岐にわたるポジションで起用されるマルコス・ジョレンテはダイナミックなランニングで攻撃に力強さと動きを与える。サイドもしくは2トップの一角で起用されるコレアは巧みなボールコントロールとポジション取りで得点に直結するプレーを見せる。

2トップにはバルセロナから加入したルイス・スアレスと、「天才」ジョアン・フェリックスが起用される。

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チームの変化

8試合を終えて18得点2失点。アトレティコと言えば一貫して堅守であることは変わりないが攻撃面での爆発力に欠け、ドローが嵩んでしまうようなイメージがあるだろう。

しかし今シーズンは、堅守はそのまま、攻撃面での大きな改善が見られる。最大の改善点は攻撃時のチーム全体のポジショニングにある。

これまではバランスの良すぎる4-4-2というシステムであったことから、ポジションチェンジを行うデザインがなされていなかったため、敵の守備陣に歪を生むのに効果的なポジショニングをチームとして取ることができなかった。守りやすいが攻めにくいシステムだ。

しかし今季は代名詞とも言える4-4-2からのポジションチェンジに確かな狙いが見られ、優位をとるケースが多々見られる。

チームのスタイルとしては変わっていない。攻撃的になったわけでもない。攻撃の質が向上したのだ。敵を崩すのに効果的なポジショニングをチーム全体として徹底することで、生まれ変わったかのような遅攻が展開されているのが今季好調の要因だ。

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攻撃時のシステム

アトレティコは攻撃時、3-1-5-1のようなシステムに変化することが多い。右SBのトリッピアーが高い位置で幅を取り、右SHのコレアが内側に絞ることでスアレスを孤立させず、リンクマンとして機能する。ジョレンテは彼の外側を回り、トリッピアーと連携して敵のチャンネルを陥れるダイナミックなランニングをこなす。ジョアン・フェリックスは左サイドを主戦場とし、ハーフスペースでボールを受けて溜めを作り周囲の選手と連携して崩していく。

基本的には上記システムに変化するが、当然選手の特徴に合わせて配置は変わる。

例えば、左SBがロディの場合、彼が左サイド高い位置で幅を取り、サウールが左の低い位置に落ちるパターンも持ち合わせる。左SBがエルモソの場合はDFラインに残る傾向が強い。その他状況に応じて2-2-5-1、3-2-4-1等に変化する。

こういったアレンジを行うことのできる要因の一つに複数ポジションをこなすことのできる選手が多い点が挙げられる。コケ、ジョレンテ、サウール等がその代表格だ。CH+αのポジションをこなせる選手をこれほど多く抱えているチームは欧州を見渡しても他にないだろう。CH+αをこなせる選手が多く在籍するアトレティコは、本来こういったポジションチェンジを交えたサッカーを展開することのできる資質のあるチームなのだ。

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3-1-5-1攻撃時のポイント

攻撃時のポイントは3点だ。

①配置上の優位

これは上述3-1-5-1のシステムの強みといえる部分だ。「配置」で見た時にアトレティコ最大の改善要因と言える部分がトリッピアーとコレアの位置取りだろう。

トリッピアーがサイドで幅を取ることでコレアが中に絞ることができる。コレアがリンクマンとして中央でプレーすることでアトレティコの攻撃は繋がりを見せることができるようになった。

例えば、彼がスアレスの近くでプレーすることでレイオフ等の細かいパス交換で前を向くことが可能となる。これを阻止しようと敵SBが内側に絞れば外側のトリッピアーがフリーになる。スアレスが引いて敵CBを釣り出せばコレアは敵の背後に抜ける動きをこなすこともできる。距離間が遠ければ中央で連携を取ることができず、かといってサイドの幅取り役を設けなければ中を固められた時に手が打てない。

今のアトレティコはスアレスを孤立させないことで中央での攻撃が可能となり、中央を固められたら外から攻撃を展開することもできる。距離間が良くなったことで選手間の連携効率が3倍にも4倍にも変化する相乗効果を得ることができたのだ。このSHの位置取りの変化は4-4-2からのシステム変化における重要事項のひとつとなる。

この配置によって距離感が短くなったことで、ワンツーにおけるランニングコースにも変化が生まれている。フロントカットのようなコース取りだ。壁役のボールホルダーに近寄るように抜けることで敵の介入を阻む。この動きを行うことで、同サイドで攻撃を完結させる力が増している。

②ジョレンテのチャンネルラン

サイドのトリッピアーがボールを受ける際、敵SBの様子を見て動き出すのがマルコス・ジョレンテだ。

彼の走り出す先はチャンネル。敵SBが外に出て空いたスペースに入り込んでいくのが彼の持ち味だ。手詰まりの状態であってもこの連携はシンプルに状況を打開できる。敵SBの視野を確認し、スペースの生まれるタイミングで走り出すジョレンテのランニングは単に走力任せのものではなく元CBの選手らしい、守備陣の嫌がるプレーをこなす狡猾さを感じさせるものとなっている。

(ショート)カウンター時にはFWを追い越して得点を奪いに行くこともできる。アトレティコは守備時にCHが積極的に前進していく。FWがカウンターの起点になった際、もしくはサイドまでプレスに出た際は中央で高い位置をとるCHのジョレンテがスペースに侵入する。

③ジョアン・フェリックスの覚醒

ここまでは右サイドでの連携をメインに見てきた。シンプルでコスパの良いプレーが披露される右サイドに対し、左サイドではより細かなパス回しが生みだされている。その中心となるのがジョアン・フェリックスだ。

昨季の後半から徐々にプレーの質が上がっていき、今季は目覚ましいプレーを見せている。ポジションこそ違うが、ギャップに入って溜めを作り連携を促すその働きは、アトレティコがリーガを制した13-14シーズンのアルダ・トゥランに通ずる部分がある。チーム全体の的確なポジション取りに加えてフェリックスのような類稀な個の力が加わることで攻撃は爆発的なものへと進化する。

左サイドではハーフスペースで受けたフェリックスに対して中央のコレア等が斜めにチャンネルに抜ける動きを見せる。この動きに合わせてフェリックスは

①コレアへのパス→内側に抜けてワンツーを受ける
②コレアの動きにより空いたスアレスやジョレンテへのパス(3オンライン)
③外のロディや後ろのコケ

といった複数の選択肢から最適な判断を下し攻撃を展開していく。近い距離感を確保できているからこそ可能な連携となっている。

コケ等CHへのバックパスの際はドリブルアットバックドアの選択肢をチームとして確保している。

バックパスの際は敵がラインを上げたり受渡しを行ったりして隙が生まれやすいため、この連携はバックパス時に行われることが多い。コケやエレーラといったパス精度の高い選手、そして常に裏を狙える布陣が攻撃に選択肢を与えている。

狭いスペースを縫っていくフェリックスのアジリティとボールコントロール、近い距離感にて行われる抜け出しは、既にワンツーの距離感の話で触れているが同サイドで攻撃を完結させる力を増す要因となっている。

フェリックスはハーフスペースでバックパスを受けた際、逆サイドへ展開する素振りから再び左サイドへ楔をつけるシーンが多い。先ほどまでパスを回していた左サイドでは、既にパスを回しやすい距離感ができあがっているため、不必要にサイドを変えるようなことをしない。動き直した左サイドで改めて攻撃を展開する。このゲームメイク能力も彼の非凡な武器となっている。

ブロックを密にして攻撃を阻む守備陣にとって、その隙間を縫われるのは想像以上のダメージとなる。さらに密にブロックを組むようであればサイドチェンジがより効果的なものとなる。

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守備戦術

守備戦術に関しては、特に大きな変化はない。詳しくは、過去の記事で取り上げた内容を参考にしてほしい。

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グリーズマン在籍時やジエゴコスタ全盛期に比べるとルイス・スアレスとジョアン・フェリックスの2トップの守備は、敵の攻撃の限定・誘導において数ランク落ちる。しかし中盤以下の強度は保たれており、2トップがプレスに出ればコケやエレーラといったCHを中心に連動してボール奪取を行うことができる。

バルセロナ戦においてはCHのジョレンテがDFラインに降りてチャンネルを埋め、受渡しを終えたSBのトリッピアーがサイドに飛び出していく守備を披露。6バックで守るシーンも見られ、事前準備と状況に応じた変化をこなす柔軟性も見て取れる。

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カウンターを食らった際のDF陣は互いの距離感を狭めながら背後のケアに徹し、中盤の帰陣の時間を稼ぐ。

攻撃における陣形が変わった中でも、リスク管理の意識が強いのがアトレティコの特徴だ。どの形においても後方に4人は確保している。4人を残すためにSBやCHが互いのポジションを確認し、前がかりになっていれば予め帰陣しておく。守備力が維持されている要因でもある。通常バックパスを受けるサポートの意味合いが大きい「後方に降りる」プレーだが、アトレティコの場合はリスク管理の意味合いが強い。守備から入ったチームであるが故の特徴ともいえるだろう。4局面の相互作用が求められる昨今のサッカーにおいて、元からリスク管理の意識が植え付けられているアトレティコの強みと言える。

4失点を喫したバイエルン戦では両SBが上がった隙を突かれた失点、トランジションを狙われた失点が発生。サビッチやヒメネスのカウンター対応にはぬかりがないため、SBとCHによるリスク管理を、集中を切らすことなくどの局面でもこなすことができれば現在の攻撃システムでもカウンターによる失点を食らうことは少なく済みそうである。

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おわりに

攻撃戦術が整備され、取りこぼしの削減が見込める今季のアトレティコ。バルセロナやレアル・マドリードが不安定な戦いを見せるようであれば、13-14シーズンぶりにリーガを制することも可能であろう。

現状、ジョアン・フェリックスとマルコス・ジョレンテの役割は替えがきかないものとなっている。彼らのパフォーマンスとコンディションの維持、2人が不在時の戦い方は検討事項である。

劇的に改善された攻撃戦術、それを下支えする守備戦術を備えたアトレティコ・マドリード。距離感の変化と起用される選手の特徴から、さらに魅力的な連携が生み出される可能性も考えられる。そして、生まれ変わった彼らのリーガ制覇に期待がかかる。

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